はじめに
現在腕時計はアナログからデジタル、デジタルからスマートウォッチへ移り変わっていく時代にあります。
腕時計より以前は懐中時計の時代でした。
懐中時計の時代に栄華を極めた技術、エングレービング(彫金)は今なお腕時計に遺憾無く発揮されています。
今回はそんな彫金に目を向けて、日本人の著名な彫金師二人もご紹介します。
エングレービングと懐中時計
エングレービングは15世紀から始まった版画の凹版技法で、金属をビュランという道具で彫り、溝にインクを詰めて印刷をする現代にも残る版画技術です。
1700年代頃から登場した懐中時計などの時計や宝飾品の製造においては、おもにビュランを使用した彫金のことをいいます。
金属を削り出し陰影や立体感、質感を表現する芸術的な役割を持った非常に難しい技術です。
懐中時計は英語ではポケットウォッチ(pocket watch)と呼ばれ、王族や貴族たちのステータスでした。形状は蓋のないオープンフェイス、竜頭をおすと上蓋が開くハンターケースなどがあり、多くは上着と繋ぐチェーンがついていました。
かのナポレオンは、ケース中央に穴が空いていて蓋を開けずに時間が確認できる、ハーフハンターと呼ばれる形状のブレゲの懐中時計を愛用していたと言われています。
蓋をあけることさえ時間を無駄にしたくない多忙だったとされ、このタイプの時計はちなんでナポレオンと呼ばれています。
19世紀には、懐中時計の蓋やケースには美しい彫金や装飾が施されるのが常で、競い合うように技術も華やかさも磨かれて栄華を極めます。
1889年のパリ万博では、コンスタン・ジラール(ジラール・ペルゴ)は美しい彫金が施されたトゥールビヨンを搭載したポケット・ウォッチ「ラ・エスメラルダ」を発表し、金賞を獲得しています。
1900年のパリ万博では、オメガがコレクション全体に対しグランプリを受賞、懐中時計用ムーブメント「ゼニス」’Coq’ ポケットウォッチが金賞を受賞し、社名をゼニスにするなど、盛んに技術発信が行われています。
オメガのギリシャ神殿をモチーフにした懐中時計はコチラ
https://www.omegawatches.jp/chronicle/1900-grand-prize-at-the-universal-expo
1880年に海軍将校向けにジラール・ペルゴー社が腕時計を製造した記録があり、1914年の第一次世界大戦には腕時計が普及しました。
モールス信号や無線など通信技術が導入された戦場では作戦遂行に腕時計は不可欠となったのです。
戦争がきっかけで懐中時計から腕時計の時代へ移り変わるのと同時に戦時中は華美な装飾は避けられていきました。
過去の記事でも紹介しています。
時は流れ、懐中時計で培われた彫金の技術は腕時計の中へ落とし込まれて、蓋やケースだけではなくムーブメントすら彫金仕上げになるなど現代では更なる進化を遂げています。
しかし、それが人の手彫りという点では変わっていないのです。
彫金が美しい時計ブランド4選
1.ジラール・ペルゴー
パリ万博で金賞を獲得した懐中時計「ラ・エスメラルダ」を腕時計として再解釈したモデル、ラ・エスメラルダ トゥールビヨン「ア シークレット」はケースバックを保護するカバーに美しい手彫りの三頭の馬、ケースにフローラルモチーフが彫られエングレービングの光と影の効果が惜しみなく表現されています。
ジラール・ペルゴー公式:https://www.girard-perregaux.com/jp_jp/99274-52-3162-5cc.html
2.A.ランゲ&ゾーネ
ムーブメントひとつひとつに仕上げと装飾が施されています。
もちろん手作業の表面仕上げにはストライプ仕上げ、サンバースト仕上げ、弧を描くようなペルラージュ仕上げ、線彫り、円模様彫りなどがあり、多様な表面仕上げが施されています。
A.ランゲ&ゾーネの時計には必ず、ハンドエングレービングを施したテンプ受けか、トゥールビヨンの受けが備えられて世界に一つだけの作品へと昇華しています。

https://www.alange-soehne.com/jp-ja/manufacture/art-of-watchmaking/finishing-and-engraving
画像出典:Unsplash
3.パティックフィリップ
パティックフィリップはその渦巻きとアラベスク模様が象徴的で、プラチナのケースに手彫金がほどこされたカラトバはスタンダードですらあります。
エングレービングはムーブメントまで繊細に施されています。
またパティックフィリップは彫金から始まった、と言われています。外部から時計を購入し地元のクラフトマンに依頼し彫金装飾を施したそうです。
しかし戦後から20世紀後半まで華美な装飾は必要とされず技術の危機にも直面。現代ではシックでありながら芸術的なまでの融合を魅せています。
4.クレドール(セイコークレドール)
セイコーのブランドの一つ、クレドールはドレスウォッチに特化しています。
グランドセイコーが最高のパフォーマンスで進化し続けるラグジュアリーブランドに対し、装うの「装の美」を追求する1974年に誕生したブランドです。
クレドールの「アートピースコレクション」には、卓説した職人の技術が結実した芸術的コレクションが存在します。
ダイヤルに一面に羽ばたく蝶が施された「胡蝶の夢」がモチーフの彫金は日本人彫金師 照井清の集大成です。
クレドール公式:アートピースコレクション https://www.credor.com/lineup/artpiece/
現代の名工|日本人の時計彫金師
1.照井 清
彫金師 照井 清(てるい きよし)は2002年に「卓越した技能者(現代の名工)表彰」を受賞、2007年に黄綬褒章受章を受賞したまさに現代の名工です。
日本の時計を世界的な芸術へと押し上げた立体彫金が特徴で、透かし彫りとは異なり、時計に施されるのはまれなんだそう。
45周年記念「立体彫金懐中時計」は「生命の樹」をテーマにした懐中時計で、石榴やフクロウの彫刻が施されいます。文字盤は和紙引き、芸術を眺める限定10本の作品となっています。
「生命の樹」、先に述べた「胡蝶の夢」のほかに、グランドセイコー誕生60周年記念「雫石」
の文字盤を照井率いる彫金師達による熟練の技で表現されています。
師がいなかったという照井は、自身の技術を次の世代へ託すため後進の育成にも取り組んでいます。
参考:
45周年記念「立体彫金懐中時計」:https://www.premium-j.jp/japanpremium/20190926_3444/#page-1
「雫石」:https://www.grand-seiko.com/jp-ja/news/20200305-6
2.金川恵治
日本人彫金師を語るのに金川恵治も外せません。自身の工房「K CRAFTWORK JAPAN」を設立しオーダーで時計制作を行なっています。
以前のコラム「日本人独立時計師が手作業で作る、たった一つの時計」でご紹介した菊野昌宏の和時計改。
その文字のエングレービングを担当しているのが世界的に注目される日本人ウォッチエングレーバー(彫金師)金川氏です。
元々イラストレーターとして活躍していた金川氏は、手作業による創作の魅力を追求し、時計の世界へと進出しました。
独学で技術を習得し、洋彫りだけでなく日本独自の和彫りの技法も取り入れています。
金川恵治氏公式インスタ:https://www.instagram.com/keiji_kanagawa33/
インスタグラムの動画がとにかくすばらしい。縫い針より細い糸鋸でくりぬいたり、1ミリって太いんだなと思ってしまうくらい、とってもちいさなタガネで砂状の模様をつくったり、立体感を出しているさまは見惚れてしまいます。
おわりに
現代のスマートウォッチがヘルスケアや音楽など多機能で快適性を高めるものに対して、職人の手仕事で彫金がほどこされた時計は芸術を極めた宝石のようでした。
エングレービングはケースや文字盤だけでなく、内部のパーツに繊細な加工をすることで、洗練された独自のデザインのパーツになり個性を強調し隅から隅まで芸術性を高めた時計にする技術でした。
スマートウォッチの時代になっても、遥か遠くの未来までエングレービングの技術が継承されていくと確信するような美しさでした。
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